独立・開業には、事業失敗のリスクもつきものです。そうした失敗事例を学ぶことは、成功例を学ぶことよりも、得るものが大きいとも言われています。今回は、私自身も起業に携わり、そして失敗に終わってしまった、とある中小企業の例を紹介したいと思います。
※すでに撤退したビジネスの話とはいえ、私自身も直接携わった関係上、守秘義務があります。そのため、内容の一部を改変し、また、特定に至る情報は伏せさせて頂きます。
①開業3年で2億円の融資話!順調企業が突然の撤退に至るまで
今回ご紹介するE社は、青果・観葉植物の製造販売業として、2007年秋に開業を果たしました。
特に観葉植物は、独自の保存加工技術を持ち、E社ならではの商品ラインナップを多数展開。当初の予想を上回る人気となりました。
開業直後から波に乗ったE社は、関連事業も次々と開始します。フラワー・アレンジメント教室事業、冠婚葬祭への造花貸出サービスなど、スピーディに展開していきました。
事業撤退の危機が目に見えて現れたのは、開業から3年後、2010年の秋でした。当時のことは、今でもよく覚えています。
地元の金融機関から2億円の融資の話が持ちかけられ、対応を検討している時でした。代表取締役のOさんが、倒れてしまったのです。
過労に重なる過労がO社長にもたらしたのは、脳溢血でした。
約一ヶ月の昏睡状態を経て、幸いにもO社長は一命を取り留めました。ですが後遺症により言葉を話すこともできない状態。長いリハビリがスタートし、現在も続いています。
悲惨な事件ではありますが、今にして思えば、無理もない結果とも言えます。なぜならE社は、関連事業の展開を始めた段階から、すでに深刻な人員不足に陥っていたからです。
この事件がきっかけとなり、E社は、その後1年をかけて、全ての事業を撤退しました。
当時、社内ではいろいろな議論がありました。O社長がいわゆる“ワンマン”であり、後任をすぐに務められる人員がいないこと。O社長が言語能力を失ってしまい、引き継ぎも不可能なこと…。
ですが、何よりも一番大きな理由は、社員のメンタル的な部分だったと思います。
脳溢血で倒れたO社長を見て、あの時、E社社員の多くはこう思ったのです。「次は自分が、こうなるかもしれない」と…。
不幸中の幸いにも、2億円の融資は白紙に戻すことができました。もしこれが、融資が実行された後だったら…と考えると、今でもぞっとします。
私は今まで、いくつかの中小企業の創業に関与してきました。中でもE社の事例は、「最大級の失敗例」だと言えるでしょう。かなりお恥ずかしい話ではありますが、独立・開業を考える皆様のお役に立てればと思い、こうして公表しました。
E社の事例からは、『勢いのある時こそ、慎重さが大切になる』という言葉の意味が、十分に学べると思います。能力や限界を越えた事業展開が、ビジネスに何をもたらすのか…。そのことを、しっかりと考えていきましょう。
②開業資金3000万!経験、人脈、能力全てを揃えてなお失敗…
ビジネスには、「これをやると絶対に失敗する」という経営判断がいくつかあります。
その一つが、「投資する事業分野を間違えること」です。
まさにこの失敗により倒産してしまった、とある中小企業の事例を紹介しましょう。
『かつて一斉を風靡した歌姫・浜崎あゆみさんの最新CDがたった2,889枚しか売れなかった』
こんなニュースが、音楽ファンたちの話題になりました。2014年の秋のことです。音楽産業は今や“深刻な斜陽産業”と言われており、市場そのものが年々縮小しています。今回ご紹介する事例は、まさにこうした時流を読み取れなかったことが、失敗の原因でした。
バブル景気の頃に上京を果たし、以降15年以上音楽プロデュース事業に携わったIさん。
ひとかどの成功を収めた後、「これからは、後進の若手ミュージシャンのためにビジネスを行いたい」と考え、約3000万円の開業資金を携えて、生まれ故郷に帰郷しました。
通常、個人事業者の開業資金は、500万円ほどあれば大丈夫だと言われています。
Iさんの用意した開業資金は、一般の約6倍。さらに自身もプロデューサー時代に作品を発表しており、印税収入も保証されている状態でした。
資金は盤石の体制。さらに音楽業界への人脈、自身の経験、能力もあり、当初は『成功するヴィジョンしかなかった』そうです。
さっそく若手ミュージシャンらを集め、レッスンを施し、楽曲をプロデュース、そしてCDをリリース。ライブやイベント出演、地元ローカルメディアへの出演など、積極的な事業展開をスタートします。
ところが、どれだけ頑張っても、一向に利益は上がらず、ライブの観客動員も伸びず、CDも売れず…。
1年もしないうちに、『チケットのバラマキ(無料配布)を許可する』ほど、状況は悪化してしまいました。
頼みの綱であったIさん自身の印税収入も目減りし、あっという間に雀の涙に。
結局、資金ショートを目前として、『一本のヒットも飛ばせないまま、事業をたたむことになった』そうです。
資金、人脈、経験、能力…全てが完璧に揃っていたIさんのビジネス。それにも関わらず失敗してしまった原因は、『時代を読みきれなかったこと』ではないでしょうか。
音楽産業は、業界全体が年々厳しくなっており、一部アイドルグループを除いて『まったく売れていない時代』ということ。その認識が甘かったのだと、Iさん自身も回想しています。
『僕が東京で音楽をやっていた頃と比べて、こんなに時代の風向きが変わってるなんて思わなかった。』
『若い頃の自分の常識が、今もまだ通用すると思ってた。』
こう語るIさんの反省は、どんなビジネスにも共通のものでしょう。『自分の常識』に縛られ、大きく変化する時代に取り残されてしまったら…その先にあるのは、失敗だけです。
変化を敏感に感じ取り、自分の常識を変えていくことが、ビジネス成功の何よりの秘訣だと、改めて考えさせられますね。